失敗して落ち込んだ時にどう考えるべきか

自分が失敗したり間違って、迷惑をかけたとしても謝らない人がいます。そういう人は「プライドが高いから謝らない」と言われますが実は逆です。謝れない人は自分の評価が低いのである。
自己評価の高い人、もしくは失敗で自信を無くしたくなかったら、謝れる人間になるべきなのです。

自分の誤まりを認められる人間は「自己評価の高い人間」であります。しかし、自己評価の高い者は謝っても自信や自己評価を下げることが無いのです。落ち込まない。

プロバスケットのスター選手がアマチュアの頃に、致命的なミスをして相手から逆転されたそうである。ベンチに帰ってきた彼は不貞腐れ謝らないだけでなく、その後の試合でも積極性が無くなってしまったそうである。コーチも見ていて腹立たしく感じたそうである。

見かねた監督はその選手を呼んだ。その時、コーチは監督が選手を「叱る」か「交代させる」と思ったそうである。

しかし監督は穏やかな口調で「お前は誰よりも素晴らしい選手だ。良い選手は誰でも失敗しても積極的だ。それなのになぜ失敗で落ち込んで前へ進むのをやめるのだ。」と言ったそうである。
そうしたら普段は絶対に泣かない気の強い選手が、泣き出し監督に謝ったそうである。
そして、その後、超積極的な行動に変わり、その後も精進を重ね、有名なプロ選手になったらしい。

「謝ったら自分が悪いと認めて落ち込むのではないか」ではなく、「俺らしくない失敗をしてしまいました。そして二度と同じ失敗をせず、本来の自分を発揮し、さらに活躍できるように精進します。」と考えるべきなのです。


私は「失敗したときどうすれば落ち込まず自信を無くさないようにできるのか?」を考察するとき、
いつも、第二次大戦で敗戦した時の天皇を思い出します。

普通なら、「現人神の存在する日本は決して負けない」と思われ、リアルに自分が神として日本中から崇拝されていたのですから、実際に敗戦した時の天皇は絶対に落ち込んでしまうと考えるのであります。完璧な自己否定ではないでしょうか?

しかしながら、実際に敗戦した時に天皇は「自信」を無くしませんでした。
もし昭和天皇が自信を無くしていたら、命乞いして国外へ逃亡するか意気消沈して自殺するかでしょう。

しかし、天皇は違いました。マッカーサー元帥に自分の命と引き換えに日本国を守って欲しいと懇談に行き、
「どうせ命乞いに来たのだろう」と思っていたマッカーサーは天皇の偉大さに驚愕し、帰りには「必ず陛下との約束は守りますからご安心ください」とまで言わしめたのです。

その後、天皇は国民を鼓舞するために日本中を精力的に回りました。そして天皇が「天皇であること」を無くしていたら日本国の奇跡の復興も無かったと思います。

昭和天皇を支えたのは「天皇としての自信」ではなく、「天皇としての自覚」だけであったのかも知れません。
「己を天皇として自覚する」というのは、「自己認知(エフィカシー)」です。

昭和天皇は晩年に、貴方は過去の天皇と比べてどう思われますか?との質問に
「私は過去の天皇よりも優れているとは思わないし、劣っているとも思わない」と答えました。

エフィカシーが本当に高い人物とは神人であり、それは、昭和天皇が良い例だと思います。

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